2016年11月12日

創価学会信者によるギャングストーキングのひとつのやり口

「巧妙な手口の通り魔」

 通り魔というのは、あからさまな形でやらかせば犯罪として追及されるものですが、犯罪になりにくい形でもいくらでも仕掛けることができます。「犯罪になりにくい」とは、たとえば「物理的な攻撃はよほど安全に逃げられる場合以外はせずに、表面的にはあくまで偶然・アクシデント・故意ではないミスなどを装いつつ、ビックリさせる・カッとさせる・イラッとさせるなどの精神的なストレスを与える行動を取る」というやり方です。

 偶然やアクシデントなどを装って仕掛けるという部分は「当たり屋」と似ていますが、当たり屋は精神的ショックに乗じて不当に金をふんだくるのが目的なのに対して、創価信者は、相手に精神的にダメージを与えて、最終的には精神的に病んでしまうところまで相手を追い詰めること自体を目的に通り魔を(繰り返し)実行します。また被害者にだけは悪意を悟られてもかまわない・むしろアピールしたいと思っています。

 こういうやり方が単に個人間の喧嘩のテクニックとして使われることはそれなりにあるかもしれないとは思いますが、これを完全にシステム化した上で複数人で連携することによって、最適なタイミングを見計らって(あるいは最適な状況を作り出して)実行したり短時間に連続で実行したりするのが創価の特徴です。

 システムと断言しているのは、集団ストーカーやギャングストーキングなどと呼ばれる既に有名な手口だからです。集団ストーカー・ギャングストーキングについては、たとえばこのページからリンクされているサイトにまとめられています。

 上記の犯罪になりにくい通り魔の怖いところは、第三者に気づかれにくくなおかつ不意打ち・闇討ちという卑怯な手段を用いているというだけでなく、何回も被害を受けているうちに、本当に偶然・アクシデントで起きたことまでも嫌がらせを受けたと被害者が錯覚して余分な精神的ストレスを積み増していく癖がついてしまう危険があることです。

「集団ストーカーの具体例」

 単純なパターンの例としては、一人が一番効果的なタイミングを計ってキューを出すまたはその他の役割をするための見張り役をやり、もう一人がキューが出たタイミングで物陰(ドアや曲がり角の向こう側)や暗がりから不必要に勢い良く飛び出してきてターゲットの人間をビックリさせるというやり口があります。「不必要に」というのが大きな特徴です。

 これくらいのことは一人でもできなくはないんじゃないかと言われるかもしれないし、実際そういうケースもあるとは思います。ですが、それでも不特定多数の相手にやられれば十分集団ストーカー・集団通り魔と呼ぶべきものですし、そもそもターゲットの顔写真などを共有していないとそんなことはできません。加えて、毎回(ターゲットが油断してさえいれば)一番効果的なタイミングで命中させてくるというのは明らかに異常です。また実際やられた時に、「ああ、こいつが見張り役だったんだな」と気づく場合もあります。さらにこの作戦の前提として、ターゲットがいつ・どこへ外出するかなどを監視・追跡する人員や仕組みも必要です。

「さいごに」

 彼らは、自分たちがやっていることを第三者に知られないようにすることには気を使いますが、ターゲットに悪意を悟られることについては無頓着どころか精神的なストレスを増す効果を狙ってか積極的にアピールすることさえします。こういう嫌がらせのテクニックについては、記事中で紹介したリンク先のサイトで詳しく解説されています。

 こういう一連のことをやってれば、そりゃ創価学会員であることを公言することなんてできないし隠したくもなりますよねえ。つまり、やましいことをやっている自覚があるから隠してるんですよね? 信者のみなさん。
posted by chrono at 17:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記、雑文